強烈な個性を持つロック・ギターの革命児(イングヴェイ・マルムスティーン編:その2)

アルカトラス脱退後にソロ活動開始

アルカトラスでギタリストとして脚光を浴び、これから順調に活動の幅を広げていくかと思われたイングヴェイでしたが、スムーズに事が運ばないのも彼らしいところであると言えます。
1984年1月の来日公演ではその存在を強烈にアピールしていたのですが、バンドリーダーのグラハム・ボネットと衝突してしまい、アメリカに帰国した途端に脱退。
スティーラーに続いてスタジオ・アルバムは1枚限りの参加となってしまいます。(もう一枚、日本でのライブアルバムもリリースされています。)

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デビューから2バンド続けてアルバム1枚限りで脱退、しかもそれが彼の性格上の問題が主な原因であったため、バンドマンとしては致命的という評価を下される結果となります。
このままイングヴェイは消えてしまうのか・・・そう周囲の誰しもが感じ始めた頃、自らのソロ・プロジェクトを立ち上げることに成功します。
そのプロジェクトとは、”ライジング・フォース”の再結成。
キーボードに旧知の間柄であったイェンス・ヨハンソン、ドラムにバリモア・バーロウ、ボーカルにオーディションで獲得した新人ジェフ・スコット・ソートを据え、ベースはイングヴェイ自らが担当してソロ・プロジェクトでの1stアルバム「Rising Force」(’84年)をリリースします。

Rising Force

メンバーが異なる為、アマチュア時代に組んでいた旧ライジング・フォースとは違うものの、これこそイングヴェイの為だけに結成されたバンドであり、これで上手くいかなかったら、もうどうしようもないですよね。(笑)
このアルバムは、クラシック音楽とヘヴィメタルを融合させた楽曲で構成されており、ヴァイオリンを思わせる滑らかなギタープレイは、当時のロックギター・シーンに大きなインパクトを与え、新しいジャンル「ネオクラシカルメタル」を確立することに成功します。

セールスは順調も交通事故で手を負傷

その後バンド”ライジング・フォース”は、解散などを含む様々な紆余曲折を経ることになりますが、基本的にはイングヴェイのソロ・プロジェクトであり、イングヴェイの所属バンドというよりは、彼のソロ活動の一環で名前が出たり出なかったりする、と考えた方が良いでしょう。
ということで、勢いに乗ったイングヴェイは、ソロでの3rdアルバム「Trilogy」(’86年)も大ヒットを飛ばし、名実ともにビッグ・アーティストとして世界に名をとどろかせるようになります。

Trilogy

しかし、好事魔多しとはよく言ったもの。
1987年6月に自動車事故によって負傷し、8日間の昏睡状態に陥ってしまうのです。
この事故でギタリストの命とも言える右手を負傷した彼は、その後遺症に悩まされることになります。
懸命のリハビリによって負傷前とほぼ変わらない状態に何とか戻せたものの、やはり繊細な動きの部分ではジレンマを抱えることとなったようですね。
そんな状態ではありましたが、’88年にリリースした4thアルバム「ODYSSEY」がこれまた大ヒット。

Odyssey

これで、もはや誰も彼のミュージシャンとしての才能を疑うものはいなくなります。
まあそれでも三つ子の魂百までと言いますか、イングヴェイの振る舞いは相変わらずの傍若無人ぶりを発揮し続けており、’88年には六本木のホテルで「腹が減った!神戸ビーフ!」とステーキをオーダーした際、自分でこんがり焼いたウェルダンをオーダーしたくせに、いざ運ばれてきた肉の断面を見た途端、「No pink!No red!」と大声で叫んだかと思うと、手掴みでステーキを壁に叩きつけたというエピソードも残しています。

特に日本では人気が高い

イングヴェイは当時バブル景気に沸いていた日本とも繋がりが深く、そもそもソロでのデビュー作「Rising Force」も日本のレコード会社の強力なプッシュによって実現したという経緯があります。
1992年にリリースしたアルバム「Fire & Ice」では、その日本のオリコン・チャートで1位を獲得。

Fire & Ice

洋楽のそれもヘヴィメタル系のアルバムが日本で1位というのは、非常にレアですよね。
というか私の記憶にある限りでは、洋楽ヘヴィメタでオリコン1位は彼のみではないかと思います。(他にあったらゴメンナサイ。)
ところで、この頃は一見順調にソロ活動をしていたかに見えるイングヴェイですが、バンドメンバーらとのトラブルは相変わらず日常茶飯事で、ヴォーカルのマイク・ヴェセーラに妻を寝取られる、なんていう”事件”も発生していたりします。

ともあれ、その後の活動は比較的コンスタントで、’96年には彼が影響を強く受けたジミ・ヘンドリックス、リッチー・ブラックモア、ウリ・ジョン・ロート等の曲を集めた「Inspiration」を発表。

INSPIRATION(新価格盤)

’98年はチェコ・フィルハーモニック管弦楽団と共演した「Concerto Suite for Electric Guitar and Orchestra in E flat minor Op.1 -Millenium-」をリリースし、クラシックとの融合をさらに熟成させていきます。

Concerto Suite for Electric Guitar and Orchestra in E Flat Minor Op.1

2001年には、日本での公演回数100回を達成。
公演回数100回を越えている洋楽アーティストはそれほど多くなく、ホール・アンド・オーツやMR.BIG、BON JOVIなど数えるくらいしかいないことを考えると、いかに彼の日本での人気が高いかが分かりますね。
反対に、本拠地アメリカでは単に速弾きギタリストとしてのイメージに偏っており、彼の音楽性を積極的に評価しようという動きがあまりない点は残念と言わざるを得ません。
まあ、過去の言動が少なからず影響している気がしないでもありませんが・・・

2014年にはももいろクローバーZの配信シングル「猛烈宇宙交響曲・第七楽章「無限の愛」(Emperor Style)」に参加するなど、50歳を越えた今もまだまだ健在。
老け込むような年齢ではありませんので、今後のさらなる活躍に期待したいですね!

イングヴェイの使用機材

イングヴェイの使用ギターと言えば、やはりフェンダーのストラトキャスター。
指板には、彼のトレードマークとも言えるスキャロップ加工が施されているのが特徴ですね。
フェンダー社からは2017年現在でArtistシリーズとJapan Exclusiveシリーズからシグネチャーモデルが発売されています。

FENDER ( フェンダー ) / Yngwie Malmsteen Stratocaster Vintage White
FENDER ( フェンダー ) / Yngwie Malmsteen Stratocaster Vintage White

FENDER ( フェンダー ) / Japan Exclusive ST-YJM YWH Y.Malmsteen Stratocaster
FENDER ( フェンダー ) / Japan Exclusive ST-YJM YWH Y.Malmsteen Stratocaster

使用アンプはマーシャルで、ストラトとの組み合わせはリッチー・ブラックモアの影響が大きいようです。
アンプに関してはヘッドアンプが1959SLPにキャビネット1960AXとBXを組み合わせた、マーシャルスタック。
さらに細かい部分を見ていくと、長きにわたってディマジオ製のピックアップFS-1、HS-1、HS-2、HS-3、HS-4(旧名 YJM)を愛用していましたが、2010年からはセイモア・ダンカンに鞍替えし、シグネチャーモデルYJM FURY STK-S10を使用しています。
また、エフェクターのシグネチャーモデルとしてオーバードライブ「Malmsteen Overdrive Pedal」がフェンダーから発売されています。

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以上、イングヴェイ・マルムスティーンに関して軽く掘り下げてみました。
ギターの腕前もさることながら、その強烈な個性も彼の特徴。
良くも悪くも突き抜けた存在であるために、好き嫌いは分かれるかも知れませんが、少なくとも80年代を代表するギタリストの一人であるのは間違いありません。
そう言えば彼曰く、彼の先祖はスウェーデンの貴族であり、英国におけるナイト爵のようなポジションだったそうです。
実際、彼の自宅には紋章が飾られているそうですよ。
まあ、この話も彼の強烈な個性があるからこそ際立つのかも知れませんね。(笑)

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