フランク・ザッパ門下の超絶変態ギタリスト(スティーヴ・ヴァイ編:その1)

幼少期から非凡な楽器演奏能力を発揮

かのフランク・ザッパの門下生として最も商業的に成功したギタリストと言われているのが、スティーヴ・ヴァイです。
彼は1960年6月6日、アメリカのニューヨーク州に誕生しました。
6歳になるとオルガンを習い始め、耳で聞いたメロディーをすぐさま耳コピして演奏できるほどに上達。
その後アコーディオンも弾くようになります。
ここで素直にピアノでなく、オルガンやアコーディオンというところも、何だか彼らしい感じがしますね。

1時間ごとに上達

13歳になるとギターを始めますが、当時の彼のギター・ヒーローはレッド・ツェッペリンのジミー・ペイジでした。
初めて手にしたギターは、何と友人から5ドルで買ったテスコの”del Rey”。
そしてギターを買ったその帰り道に、当時ギター講師として有名だったジョー・サトリアーニに弟子入りまでしています。
やることが素早いですね~。
当時のヴァイの事をサトリアーニ氏は、「今考えても彼は素晴らしく上達が早かった。日増しに・・・というよりも、1時間毎に上達している感じだったな。」と語っています。
少年時代から既に、楽器演奏に関して非凡な才能を発揮していたようですね。

フランク・ザッパとの出会い

高校を卒業後、バークリー音楽大学に入学。
在学中に耳コピでフランク・ザッパの変態的な曲を完璧に採譜してみせたことで評判となり、それが縁となってフランク・ザッパのバンドの採譜役として雇われます。
その後、成人したヴァイは正式にツアーメンバーとしてザッパのバンドに加入(フランク・ザッパは未成年のバンド加入を禁止していました。)し、ライブアルバム「Tinsel Town Rebellion」(81年)でレコード・デビュー。

極めて高い演奏スキルを有していたヴァイは、作曲者であるフランク・ザッパ自身でも演奏不可能であった非常に難しいギター・パートを担当するなど、個性派ぞろいのザッパ・バンドの中でも一際輝いていました。
ちなみにヴァイは非常に手が大きく、A4サイズにギリギリ収まるくらいだそうです。
彼の「超絶」とも言われるギター・テクニックは、大きな手によるところもあるんですね。

「FLEX-ABLE」でソロデビュー

84年には初のソロ・アルバム「FLEX-ABLE」をリリース。

このアルバムのレコーディングにはちょっとした裏話があって、ザッパ・バンドに所属していたヴァイは、当時バンドが使用しなくなった機材をザッパの許可を得て借り出して自身で使用しつつ、さらにそれを友人などに貸し出してレンタル料を取り、その収入で自身の機材を買い、買った機材をまたレンタルすることで徐々に機材を充実させ、最終的にレコーディング・スタジオに引けを取らない設備を整えて録音されたアルバムでした。
おかげでレコーディング費用がほぼゼロで済んだため、かなりおいしかったとの事です。
ヴァイ氏、なかなかちゃっかりしたところがありますね~。(笑)
機材を又貸ししたり、友人からお金を取ったりする辺りはちょっと微妙な感じがしますが、一説にはフランク・ザッパがそうするように仕向けたとの話もあるようですね。

アルカトラスに加入

ソロ・デビュー後の同じ84年には、イングヴェイ・マルムスティーン脱退後のアルカトラスに加入します。
アルカトラスでもヴァイは単なるイングヴェイの後釜としてではなく、独自のタッピングを多用したプレイスタイルを貫き、良い意味で周囲の期待を裏切っていきます。
単なる速弾きが得意なギタリストではなく、しっかりとした音楽理論に裏打ちされた曲作りやアレンジもできるギタリストである彼ですが、柔軟な発想で奇抜なプレイを行うことも多く、その奇抜さゆえに「変態」と呼ばれることも。
そうです、ヴァイの「変態」は、決して性癖が変態と言う意味ではありません。(笑)
まあ、音楽性が「変態」という意味では、師匠のフランク・ザッパの方が何枚も上手ですけどね。

「Eat ‘Em and Smile」への参加

アルカトラスでの活躍によって、新たなギター・ヒーローとして認知されたヴァイは、今度はヴァン・ヘイレンを脱退したデイヴィッド・リー・ロスに誘われて彼のバンドに加入。
かの名盤「Eat ‘Em and Smile」(86年)の大ヒットによって、トップギタリストの仲間入りを果たします。

80年代ハードロックを代表するこのアルバムによって、世界中のギター・キッズから憧れの的となった彼は、デイヴのバンドで2枚のアルバムに参加した後に、再びソロアルバムの制作準備に入ります。
このころ、日本はバブル景気で沸いていた時期だったこともあり、レベッカのシングルに参加していたりもしますね。

ホワイトスネイクにも参加

ところが、ソロアルバムの準備に取り掛かっていたヴァイに、元ディープ・パープルのデイヴィッド・カヴァーデイル率いるホワイトスネイクから声がかかります。
ホワイトスネイクのギタリストであったエイドリアン・ヴァンデンバーグが右腕を負傷してしまったことで、急きょ代役としてヴァイに白羽の矢が立ったのです。
この要請を受けたヴァイは、アルバム「Slip of the Tongue」(89年)に参加。
続くツアーにも帯同します。

ただ、曲作りにもこだわりたい彼のスタイルからすれば、ヴァンデンバーグが書いた曲をアレンジして演奏するという形であったこのプロジェクトでは大変窮屈な思いをしたようで、後日「もうこの類の仕事は絶対にしない」と語っています。

この続きは(その2)へ!

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