ストラトキャスターの魔人(リッチー・ブラックモア編:その2)

(その1)ではリッチー・ブラックモアの足跡を辿って、第2期ディープ・パープルで成功を収めるところまでご紹介しました。
今回はその続きとなりますが、その前にちょっとリッチーの使用ギターについてご紹介しておきましょう。

リッチー・ブラックモアの使用ギター

リッチー・ブラックモアの使用ギターと言えば、やっぱりストラトキャスター。
ギブソンES-335を使用していた時期もありましたが、リッチーにはストラトの方が似合うんです。
ストラトの魔人、それがリッチー・ブラックモアなのです。

アーティストシリーズ

市販品としては、以前はフェンダー・ジャパンから、シグネチャーモデルが発売されていたこともありましたね。
フェンダー・ジャパンが消滅してしまった2016年現在では、フェンダー社からメキシコ製アーティストシリーズの一つとしてシグネチャーモデルがリリースされており、20万円以下で購入することが出来ます。
このモデルは、70年代後半のレインボー時代に使用していたものを基に復刻したもので、ホワイトカラーのボディに黒いコントロールノブ、ローズウッド指板にスキャロップ加工が施されたものになっています。

FENDER ( フェンダー ) / Ritchie Blackmore Stratocaster

FENDER ( フェンダー ) / Ritchie Blackmore Stratocaster

カスタムショップ製

また、カスタムショップ製では、2013年に限定生産が行われています。
これは70年代前半のディープ・パープル時代に使用していたモデルで、ブラックボディにメイプルネックにメイプルの指板を接着した仕様になっています。
なお、指板にはスキャロップ加工はなされていません。
このギターは、リッチーモデルであると同時に、1968年製ストラトの精巧なリイシューでもあります。
2016年現在でも、販売店にはいくらか在庫が残っているようで、お値段は結構しますが手に入れることが出来ます。

FENDER ( フェンダー ) / Ritchie Blackmore Tribute Stratocaster

FENDER ( フェンダー ) / Ritchie Blackmore Tribute Stratocaster

黄金の第2期から再起の第3期へ

それでは、再びリッチーの足跡を辿っていきましょう。
72年リリースのアルバム「Machine Head」及び初来日公演のころは、まさにバンドとしての絶頂期であったディープ・パープル。
しかし、9作目のアルバム「Who Do We Think We Are」(73年)のころになると、あまりに過密なスケジュールにメンバーが不満を訴えるようになり、それををきっかけにしてメンバー間の人間関係が悪化していきます。
その結果、イアン・ギランとロジャー・グローヴァーが脱退。
黄金の第2期は、これをもって終了となります。

二人が脱退後、バンドはベースにトラピーズのベース兼ボーカルであったグレン・ヒューズを、ヴォーカルにはポール・ロジャースを加入させることを計画します。
ベーシストのヒューズは、交渉の末に獲得に成功しますが、ポール・ロジャースの方は自身のバンドであるバッド・カンパニーを結成して活動を開始した為に、白紙となってしまいます。
結局、ヴォーカリストはオーディションで選ぶことになり、4000人と言われる応募者の中から、当時全く無名であったデイビッド・カヴァーデイルを起用します。

これがいわゆる第3期ディープ・パープルで、このメンバーで初めて発表したアルバム「Burn」(74年)が大ヒット。
バンドは再び輝きを取り戻すことに成功します。

Burn

ディープ・パープル脱退~レインボー立ち上げ

しかし、この輝きは長くは続きませんでした。
ハードロック志向のリッチーと、ソウルミュージックの要素を取り入れたい新メンバーとの間で意見が食い違い、リッチーはバンドに対する情熱を失ってしまうのです。

この頃リッチーは、ディープ・パープルのツアーのオープニング・アクトを務めたりしていたエルフというバンドと共同でシングルを制作しており、これが期待以上の出来であったため、リッチーの興味はエルフとの活動に移っていきます。
そして、ディープ・パープルを脱退し、エルフのメンバーをそのまま集めて”リッチー・ブラックモアズ・レインボー”(後に”レインボー”に改名)を結成します。

このレインボーというバンドは、良い意味でも悪い意味でもリッチー個人のバンドであり、活動自体は比較的コンスタントであったのですが、とにかくメンバーの交代が頻繁に行われたことで有名です。
全期間を通じてリッチーがギタリストを務めています(リッチーのバンドなので当然ですが(笑))が、それ以外のメンバーは全員入れ替わっており、1984年に一度解散するまでにヴォーカル3人、ベース5人、キーボード5人、ドラム4人が入れ代わり立ち代わりメンバーになっています。
音楽性に関しても、初期のころはクラシカルな様式美を重んじたサウンドでしたが、後期になるほどポップなサウンドへと変化しています。

レインボーの代表的アルバムとしては、セカンドアルバムの「Rising」(76年)。
リッチーに加え、ヴォーカルのロニー・ジェイムス・ディオ、ドラムのコージー・パウエルの実力派ミュージシャンを擁したこの時期は三頭政治時代と呼ばれており、このセカンドアルバムは三頭政治の最高傑作と言われています。

Rising

ディープ・パープル再始動も迷走期に入る

レインボー解散後の84年には、なんと黄金の第2期メンバーでディープ・パープルを再始動。
これには、ファンは感動のあまり涙したものですね。
ただ、キーボード奏者のジョン・ロードを引き抜かれたホワイトスネイクにとっては迷惑な話であったようで、ディープ・パープル第3期のヴォーカリストでありホワイトスネイクのリーダーでもあったデイビッド・カヴァーデイルは、この再結成に批判的であったようです。

今後はディープ・パープル一本でいくのかと思われたリッチーでしたが、94年になると今度はレインボーを再結成。(笑)
「どっちやねん!」とツッコミを入れられる中、97年にはフィアンセのキャンディス・ナイトと共にアコースティカルなサウンドを主体とした”ブラックモアズ・ナイト”を結成。
往時のリッチーのハードロック路線を知るファンの方からすると、この迷走にはさぞやきもきしたことでしょうね。

現在は夫人とフォーク・ユニットで活動中

しかし、このブラックモアズ・ナイトはどうやらリッチーにとって安住の地であったようで、民族音楽のエッセンスを取り入れた音楽性は主にヨーロッパで高く評価され、現在でも活動を継続しています。
ただこちらは、ディープ・パープルやレインボー時代とは明確に音楽性が異なっています。
ディープ・パープルのリッチーを期待してしまうと肩透かしを食らうことになると思いますが、フォーク系ユニットとしては定評があるグループですので、興味のある方は聴いてみてくださいね。

ダンサー・アンド・ザ・ムーン

黄金期の楽曲を再演することも

とはいえ、伝説のギタリストであるリッチーがこれで終わるはずがない!
ハードロック界に再び降臨すべく、2016年6月にリッチー・ブラックモアズ・レインボー名義でレインボーとディープ・パープル時代の曲をライブで披露。(6/17及び18にドイツのフェスティバル「Monsters Of Rock」、6/25にUKバーミンガムの3回公演)
ライブの感触次第では、今後の活動継続もあり得るそうで、ここは一つハードロック界にリッチー・ブラックモアの健在ぶりを見せつけて欲しいところですね!

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