モダンなUSAブランドとトラディショナルな日本ブランドを持つギターメーカー(シェクター編:その1)

1976年にリペアショップとして創業

HR/HM系のギタリストに人気が高いシェクターは、1976年にデヴィッド・シェクターがカリフォルニア州に創業したリペアショップがその源流となっています。
当初はリペア用のパーツを細々と製造していましたが、段々とパーツ製造が事業の中心となっていき、やがてエレキギターのほとんどのパーツを生産するようになります。

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日本での生産

1978年には、その名声を聞きつけた日本のムーンギターズ(当時はムーンコーポレーション)とライセンス契約を締結。
日本国内でシェクターブランドのギターを製造販売(製造はムーン系列のPGMでした)するようになり、ディンキータイプのギターを主に生産していました。

シェクターUSA

本家のUSAでも、1979年にギターの生産を開始。
この頃のシェクターUSA製ギターは、フェンダータイプのギターをカスタム生産したもので、とても高品質であったのですが、生産数が少なく、値段もかなり高いものでありました。
しかし、その品質に惚れ込んだプロも多く、ザ・フーのピート・タウンゼントや、ダイアー・ストレイツのマーク・ノップラーもシェクター製ギターを使用するようになります。

この時代のシェクターUSAには、後にハイエンドギターブランドを立ち上げるトム・アンダーソン氏も在籍しており、とても熱い職人魂を持ったメーカーだったようですね。
ただ、高品質にこだわったことが裏目に出てしまったようで、すぐに生産能力が需要に追い付かなくなってしまいます。
評判は良いのに、ユーザーが買おうと思って注文しても、なかなか手元に届かない、そんな状況に陥ってしまったのです。

1983年の買収は失敗に終わる

とはいえ、メーカーとしての名声は高いものがあったので、そこに目を付けた人たちがいました。
シェクター・ブランドは金になると思ったテキサスの投資家グループが、1983年に会社を買収。
生産拠点をテキサス州ダラスに移し、社長のデヴィッド・シェクター氏は解任されてしまいます。

しかし、このシェクターの最初の買収劇もビジネス的に失敗に終わります。
世の中、企業の買収話はたくさんありますが、ギターメーカーの場合は失敗例が割と多く、フェンダーのCBSやギブソンのノーリンもその失敗例に当てはまりますね。
恐らく、エレキギターを作るということを、単なる工業製品を作るのと同じだ考えていたのでしょう。
大量生産品ですから、確かにそういう側面もあるとは思いますが、楽器というものは、良いものを作ろうという意識がないと、ユーザーを満足させることは難しいと思います。
楽器の製造販売のノウハウがしっかりある人たちが経営に参加していれば別ですが、楽器業界に極端にビジネスライクな考え方を持ち込むのは、あまりそぐわないのかも知れませんね。
そして、そういうビジネス優先の意識は、実際にギターを作っている職人たちにも伝わるのでしょう。
結果、代表的ルシアーであったトム・アンダーソン氏も、この買収をきっかけに独立しています。

日本製シェクターも改称

なお、これでムーンギターズが展開していた日本製シェクターは、経営母体が変わった事で「シェクター」の名称を使用出来なくなったため、独立したトム・アンダーソン氏と契約し、トム・アンダーソン・ジャパンブランドとして再スタートしています。(この関係は、トム氏が下請け生産をやめる1987年まで続きます。)

テキサスの投資家グループによるシェクターUSAブランドの運営は4年間ほど続いたのですが、この間にはギターの根幹部分のパーツ生産を(当時は公表されていませんでしたが)日本に移して低価格化を推し進め、大量生産が出来る体制へと転換しています。
しかし、この変化は結果的に低品質化を招き、ユーザーの評価を落としてしまいます。

低品質化の具体的な原因は不明ですが、この頃はフェンダーがフェンダー・ジャパンで一定の成果を挙げていることから見ても、日本で生産したことが原因になっているのではなく、やはり経営陣の楽器の製造販売のノウハウ面に問題があったのではないかと思います。
フェンダー・ジャパンの場合は、フェンダーの親会社はCBSでしたが、ノウハウを持つ神田商会や山野楽器が経営に参加していたことが大きかったのではないかと思います。

日本人の企業家にブランドを売却

1987年になると、テキサスの投資家グループはシェクター運営に見切りをつけ、日本人企業家である渋谷尚武氏にブランドを売却します。
渋谷氏はESP創業者の一人で、楽器の製造販売のノウハウはバッチリな人。
まず、彼は日本国内にシェクター・ジャパンブランドを設立し、純日本製ギターとしてシェクターを立ち上げます。
これが現在のシェクター・コーポレーション株式会社となります。
(ギター製造は、ESPの工場のほか、東海楽器でも行われているようです。)

シェクターUSAも復権

また、シェクターUSAの生産拠点を再びカリフォルニアに戻し、当初のようなカスタムメイドの少量生産体制にします。
これにより、再びユーザーが満足できるギターを供給できるようなったシェクターのブランド価値は上昇。
高品質なギターメーカーとしての地位を取り戻すことに成功します。

ESP傘下に

1990年にはシェクターUSA(正式社名は、Schecter Guitar Research)をESP傘下に収め、1996年にはマイケル・シラヴォロ氏が社長に就任。
それまでシェクターはフェンダー系のデザインのギターを主に生産していましたが、この新社長はフェンダーのデザインが好みではなかったため、現代風のルックスを持ったヘルレイザーシリーズなどを展開し、HR/HM系のユーザーから賞賛を浴びます。

シェクターの廉価シリーズ

さらに、一度は失敗した低価格路線に再びチャレンジし、韓国メーカーと提携。
ギター製造は韓国で行い、最終セットアップをアメリカで行う手法を取り入れ、品質を損なうことなく低価格化も実現させています。
この韓国製シェクターは、ダイヤモンドシリーズとして販売されていて、概ね3万~15万円の比較的手頃な値段で入手することが出来ます。

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アメリカ・日本・韓国の3グレード体制

現在のシェクターの生産体制としては、アメリカ・カリフォルニアで製造を行うカスタムショップ製と、フェンダー系のトラディショナルなモデルを中心とした旧来のシェクターUSAのスタイルを受け継ぐシェクター・ジャパン、韓国で生産を行いアメリカでセットアップを行う廉価グレードのダイヤモンドシリーズの3つに分けることができます。
ただし、カスタムショップ製のギターは、日本ではシェクター・コーポレーションが販売取次ぎを行っていない為、少々入手が難しくなっています。

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ここまでは、シェクターの歴史について書いてみましたが、(その2)ではシェクター製ギターの特徴について書いてみたいと思います。
それでは、また次回!

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