エレキ小僧たちが憧れた往年の名ブランド(モズライト編:その1)

モズライトは元々アメリカのカリフォルニア州に本拠を置いていたギターメーカーで、ベンチャーズが使用していたことで有名なブランドです。
今、元々と書きましたが、これには理由があって、現在モズライトはアメリカに籍のあるブランドではないからなのです。

よくラーメン店で本家とか元祖とかが店名に付いていて、どの店もみんな自分が正統な後継者だと言って争ってる話がありますよね。
まああれは、創業者が誰を自分の後継者にするのか明確にしないうちに亡くなっちゃったりしたのが原因であることが多いのですが、モズライトに関してもそのパターンがまともに当てはまってしまいます。

創業は1950年代

モズライトはリッケンバッカーの従業員であったセミー・モズレー氏が、1950年代に友人の牧師の協力(と言っても、いくつかの助言と20ドルの資金提供だったようですが(笑))を得て兄と共に設立したブランドで、モズライトという名前はモズレーと牧師の名前「レイ・ボートライト」を組み合わせたものになっています。
設立当初はガレージでほとんどの作業を行う個人工房レベルでしたが、カントリー・ギタリストのジョー・メイフィスへのギター提供で話題となり、売り上げを伸ばしていきました。

多くが日本に輸出されていた

モズライトのギターはベンチャーズの使用モデルが代表的で、その特徴的なデザインと、パワフルなシングルコイルのサウンドキャラクターによって人気を博しました。
特にベンチャーズは日本で人気が高かったため、モズライトのギターもそのほとんどが日本向けとして生産され、最盛期には月に600本ものギターを生産していたこともあるそうです。
今でも当時を知る年配の方にとってはベンチャーズと言えば、すぐにモズライトのギターが頭に思い浮かぶはずでしょう。
他にもラモーンズのジョニー・ラモーン、国内では加山雄三氏や、寺内タケシ氏、高中正義氏などの使用が有名ですね。

エレキブーム後は受難の時代

ベンチャーズのお陰でギターがバカ売れしたモズライトでしたが、創業者のセミー・モズレー氏は技術者としては優秀であったものの商売には向かない性格の人だったようで、エレキブームの終焉以降は会社の経営が苦しくなります。
そして1969年には最初の倒産。
どうやら、新製品として開発したアンプが不発だったことが倒産の引き金となったようです。
その後何とか復活を果たしますが、工場が火災に遭うなど試練は続きます。
そんな中、セミー・モズレー氏が1992年に病死し、その後をセミー氏の四番目の妻であったロレッタ・モズレー夫人が引き継ぐものの、結局会社は1994年に倒産。
アメリカのギターブランドとしてのモズライトは、この時点でその歴史に幕を下ろします。

ファーストマンから黒雲製作所へ

最も重要な市場であった日本でのギター販売に関しては、まず、最盛期であった1968年に日本のファーストマン社とライセンス契約しています。
これは高まる需要に米国内の生産力だけでは追いつけなくなった為に、日本の工場に生産委託して生産数を確保するととともに、当時非常に高額であったモズライトギターの価格を抑えることが目的の契約でした。
そして、この時にファーストマン社の下請としてギター製造を行ったのが黒雲製作所でした。
ファーストマン社は69年にモズライトが倒産した際にギター製造から撤退するのですが、モズライトのギターに対する需要自体はあったために黒雲製作所はモズライトブランドのギター製造を継続し、そのまま現在に至っています。

創業者の娘を味方にしたフィルモア

また、米国モズライトが最初の倒産から復活した際に、1976年から日本の輸入代理店を務めたのがフィルモア楽器店(現:株式会社フィルモア)でした。
フィルモア社はセミー・モズレー氏の没後、所有者がハッキリしていなかった商標を取得(後の裁判では正式に商標を取得していないとされています。)し、日本の東海楽器やアメリカのギターメーカーに生産委託することでモズライトブランドを維持します。
フィルモア版モズライトには、セミー氏の娘であり父と同様にギター・ビルダーでもあるダイナ・モズレー氏が関わっており、愛好家の間でも定評のあるフィルモア製ピックアップは彼女が開発したとも言われています。

未亡人が真正モズライトを立ち上げ

こういった状況の中、一度は経営から撤退したロレッタ夫人が再び参戦。
京都に工房を構え、かつてモズライトの工場に勤務していたクラフツマンを迎え入れてモズライトUSカスタムショップ(通称:真正モズライト)を立ち上げています。

そして三つどもえの争いに・・・

こうして、最も長期間モズライトを生産し続けブランドの維持に多大な貢献をした黒雲製作所、父のDNAを受け継ぐダイナ・モズレー氏擁するフィルモア社、セミー氏の妻であるロレッタ夫人率いるモズライトUSの三つどもえの戦いとなります。
当初最も有力と目されていたのは商標権を取得しているとされたフィルモア社でしたが、黒雲製作所を相手取った裁判ではフィルモア、黒雲双方に正式な商標権がないという判決になりました。
さらにフィルモア対ロレッタ夫人の裁判では夫人側の勝利となり、今のところモズライトUSがモズライトの正式な商標を所有しているとされています。
(実はこの辺りの事は色々と情報が錯綜していて、現時点での詳しいことは分かりません。一応、ここではロレッタ夫人が権利を所有しているとしておきます。)
ただ、裁判の結果はロレッタ夫人の勝ちであったものの、他の二社も生産を禁じられた訳ではなく(生産してよいという許可がある訳でもありませんが)、現在もモズライトブランドとしてギターの生産・販売を継続しています。

現時点で正統とされるモズライトUSですが、過去にモズライトの工場で働いていたというクラフツマンの手によるハンドメイドをウリにしているので小規模で生産数が少なく、価格も高く(40万円以上)なっているので、一般のギタリストにはなかなか手が出にくい。
フィルモア版モズライトも、フィルモア社自体があまり規模が大きくない(2016年現在で従業員3名)ので、唯一USA製を販売しているという強みはありますが、販売力があまり高くなく、価格もモズライトUS同様に高額です。
これに対し、法的には最も不利とされている黒雲製作所版モズライトですが、長年モズライトブランドのギターを生産してきただけあって実績面で強みをもっており、販売力は三社の中で一番あります。
また、ギター自体の作りもしっかりしていると定評があり、価格も二十万円以下のものがあるなどラインナップ面でも充実しています。

この三社のどれが本物のモズライトなのかという問題については、なかなか答えは出せないでしょう。
裁判で勝ち、モズライト出身のクラフツマンを擁するモズライトUSこそが本物という事も言えますし、セミー氏の娘のダイナ氏が関わるフィルモア社や、一番長い実績を持つ黒雲製作所もそれぞれに本物としての要素を持っています。
そもそも、60年代のベンチャーズモデルを生産していた工場や会社組織が既に存在しない以上、本物のモズライトはもうないと考えることも出来ます。
きっと、ギターを弾く側である私たちが納得するギターを選べば、それが本物ということなんでしょうね。

さて、次回はモズライトのギターの具体的な仕様に関して少し掘り下げてみたいと思います。

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