エリック・クラプトンも使用した伝説のポータブル・アンプ(ピグノーズ編)

ピグノーズはアメリカの楽器メーカーで、1972年にシカゴのギタリストであったテリー・キャスや同じくシカゴのプロデューサーのジェームス・ウィリアム・ガルシオらによって設立されました。
このメーカーはエレキギターではニッチな分野に特化していることで有名で、ポータブル・アンプの他にはアンプ内蔵ギターでも独自のポジションを築いていますね。

70年代に電池駆動のアンプを開発

ブランド設立とともに電池駆動可能なポータブル・アンプ「Pignose 7-100」の製作を開始し、この年は僅か65台のみを生産。
72年製の7-100はミュージシャンたちにプレゼントされたのですが、これはいわば翌年からの量産を前にした試供品的なものだったのでしょうね。
翌年の1973年のサマーNAMMで7-100は本格的に市場デビュー。
新製品でありながら、いきなり「伝説のピグノーズ」と銘打って発表されたことで話題となります。

PIGNOSE ( ピグノーズ ) / 7-100R
PIGNOSE ( ピグノーズ ) / 7-100R

エリック・クラプトンがレコーディングで使用

今でもアンプは大きい方が良いという考え方が一般的ですが、当時はよりそういう考え方が強い時代。
そんな中、5W出力で単三電池6本で稼働してしまうピグノーズの逆転の発想は、業界に驚きをもたらしました。
社名にもなっている豚の鼻の形をしたコントロールノブを採用するなど、キュートなルックスも人気を集めたようですね。
エリック・クラプトンのアルバム「461 Ocean Boulevard」の1曲目「Motherless Children」で使用されている事でも有名ですね。

80年代初めは苦戦も復活を果たす

その後7-100は1982年までの10年間生産が継続されますが、1974年から会社の運営権を持っていたシカゴの会計係の人(ごめんなさい、名前がわかりませんでした・・・)が権利を手放したことなどから、一旦生産終了となります。
ポータブルアンプの割には高価(当時の日本では、通貨レートの関係もあって3万5千円という値段が付けられていました。)であったことも原因だったのかも知れませんね。
なお、1982年までに生産された7-100は、アンプ内に貼られているラベルの色にちなんでレッドラベルという通称が付けられています。

1985年に新しい経営者によってピグノーズ・ゴリラというブランド名の下で「7-100R」として再スタートします。
今度は台湾で生産を行って価格を抑えることに成功し、再びヒット商品として復活。
その後、何度かマイナーなモデルチェンジを行い、現在でも生産が継続されています。

キュートなルックスと低価格路線で人気

現行のピグノーズ7-100Rは中国製で、価格も1万円前後と発売当初の頃を考えると非常にリーズナブル。
近年の小型アンプは、伝統のチューブアンプと新鋭デジタルアンプの競争が激しい分野ですが、その中にあってソリッドステートでありながらもピグノーズ7-100Rは定番アンプの地位をしっかりと保持し続けています。
コントロール部はボリューム/パワースイッチがただ1つあるだけという、ある意味気持ち良いくらいに潔い。(笑)
ルックス的にもとてもオシャレな雰囲気があって、女性にもオススメ。

もちろん見た目だけでなく、アンプとしての実力があるからこそのロングセラー品。
小さなボディからは驚くほど艶やかなトーンが流れ出てきます。
さすがにメタルのように強く歪ませるのは不向きですが、美しいクリーントーンからナチュラルな歪みまで守備範囲は決して狭くありません。
実力も見た目も兼ね備えた伝説のピグノーズ、ちょっと外で軽く弾いてくるなんて時には、うってつけのアンプですね!

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